戦う片付けられない元うつ病の主婦。フリー翻訳家。息子たちは自閉症。夫は元中学教諭。
ゾンビから英語講師へ ー 私の武勇伝(長文注意)
2011年06月03日 (金) | 編集 |
今私は、英語講師というとてもやりがいのある仕事をさせていただいています。しかし、十数年前まではひどいウツ病で、ほとんどゾンビでした。主人や子供たちを仕事や学校へ送り出したら、私はその間の時間をほとんど途方にくれて無力に過ごしてきました。息子たちが学校から帰ってくるまで横になっていることもしばしばでした。

そんなある日、今から12年前、私がベッドに横になって心の闇の中を彷徨っていると、頭の中にある指令が聞こえました。その指令は「英検を受験しろ。」というものでした。

無力感に苛まれ、絶望のどん底にいた私にとって、これは意味不明な指令でした。毎日、その日一日を乗り切りのがやっとな私がなぜ資格試験を受けないといけないのか?なぜ英検?興味もないのに。外出することさえままならない私なのに。

私はすでにウツ病で通院していましたが、その瞬間私は「統合失調症」にまでなってしまったのだろうかと心配しました。こういう訳の分からない心の声に耳を傾けてはいけないと思いました。

しかし、「英検を受験しろ」という声は止まりません。

仕方なく、本屋さんで申し込んで英検2級を受けることにしました。よく「英検2級をやっと取得したの」という話を耳にしていたので、きっと難しい試験なのだと思いました。その時は本屋さんで参考書を見てレベルを確認する、という知恵はありませんでした。

英検2級に挑戦。試験の当日、主人に送ってもらって、普天間高校の会場で英検2級のテストに挑みました。もちろん、全く勉強していませんでした。英検二級は想像以上に簡単でした。筆記テストは15分ぐらいで全部の問題を解いて、再チェックもできました。トイレを我慢しながら、終了時間を待ちました。

その次の2時試験も難なくクリア。というか、日本人の試験管の方で、あまり英語が得意ではないように見えました。私が最後に"It has been a pleasure."「(受験できて)光栄です。」と握手を求めると、その男性は私の手を取って”Fine, thank you."(はい、元気です。)と答えました。

英検の試験の時に握手を求めるのがご法度だということは、英語講師になってからわかりました。

予想通り、私はすんなり英検2級を合格できました。合格通知の他に小包が届きました。中には英検2級、優良賞と書いた金属のプレートが入っていました。受験者の中で優秀な成績の受験者たちに贈られていたものみたいです。

英検一級の優良賞プレート(平成9年)

2級があの程度なら、1級も楽勝だと思いました。2級を合格した時点で、私を悩ましていた心の声は聞こえなっていました。それでも、私は1級に挑戦する気満々でした。

英検1級に挑戦。
1級試験を申し込むときにはちゃんと参考書を買いました。でも一回目を通しただけで、私の散らかった家のブラックホールに消えてしまいました。

またもや勉強しないで英検の試験に挑みました。2級の時は若い人が多かったですが、1級は私と年が近い人(40代ぐらい)が多かったです。何度も受けているのでしょう。

テストを開いてみて、ほっとしました。アメリカンスクールで受けたSAT(大学進学適性試験)よりははるかに簡単でした。自信満々ではなかったですが、無事合格しました。

二次試験は大きな会場(どこだったかは忘れましたが)でした。この時までに私は受験会場という場所に慣れていたので、周りの受験者とおしゃべりする余裕がありました。中学や高校の先生、外資系のサラリーマンやOLの他に、私の高校時代の後輩の姿もありました。私のとなりの席のスーツの女性は英作文が印刷された紙を何枚も持っていて、所懸命に読んでいました。どうやら二次試験に出るあらゆる問題を想定してすべての回答のスピーチを書いてきたようです。すごいパワーです。でもちゃんと英語ができるのなら、こんなことする必要はないのではないかと思いました。

名前が呼ばれて別室に入ると外国人の試験管3名と日本人二人がいました。軽いインタビュー(世間話程度)の後に、机の上のカードから課題を選び、短いスピーチを作ります。いつの時代の人が作ったかわからに封建的な五つのテーマから「女性の社会進出について意見を述べなさい。」を選びました。
私は主人が家事に協力的なことを思い起こしながら、「男性が家庭に進出していることで、それが可能になった」という話をしました。
It is not unusual to see a father playing with a child at the park these days but in the past these people would have thought these are men whose wives have run away. 今では公園でひとりで子供と遊んでいる父親をよく見ますが、一昔前はそういう男性は妻に逃げられたと思われたでしょう。

というと、試験管の間で笑いが起こりました。(ちょっと上がっていたので、英語は幼稚でしたかね。)

試験管たちのハートを掴んたことを確認しながら、話を続けていると、日本人の方がタイムアップだと告げました。私は一礼して席を立とうとすると、一番若い白人の試験管から「話が途中だったので結論を聞かせてくれますか?」と異例とも思われる質問がありました。

私は行き当たりばったりで話していて、結論までは考えていなかったのですが、こう結びました。
Now that more and more women are entering the work force, men should be allowed to enter the home and become househusbands.女性の社会進出が目覚しい現在、男性が家庭に入り主夫になることも認められるべきだ。
小さな拍手が起こりました。

正直言って、英検一級の合否の通知が届くまで、ちょっと不安でした。ケアレスミスがなかったか、不適切なことを言わなかったか。しかし合格通知はちゃんと届きました。そしてもう一つ筒状の小包も届きました。英検一級でも優良賞をもらいました。

でも私はその優良賞の賞状の価値を知らずに、無くしてしまいました。

英語講師のお話。主人がある中学校でPTAの担当だったときに、私の現在の上司がPTAの会長でした。上司は主人の兄の友人でもあり、よくおしゃべりをしていたようです。そんなある日、上司が「僕は英検一級の人に会ったことがないんです。」と言ったらしいです。主人が「そうなんですか?うちの奥さんは一級ですよ。」といいました。

それを聞いた上司は「ぜひ奥さんにうちの講師になってもらいたい」と持ちかけられ、主人は「じゃあ、彼女に聞いてみます。」とあまり深く考えずに答えたそうです。

その話を聞いて私は「何を考えているの。私はウツで動けないのに!」と怒りましたが、主人は「ものは試しだから面接だけでもうけてみたら?」と言います。時々主人は何を考えているのだろうと思うことがあります。あとから聞いてもなんで面接を勧めたのか思いさせなといいます。

面接を受けたら、ぜひ試しにフレックスタイムに来てほしいとのこと、フレックスタイムは月2回ありました。月2回なら頑張れそうと思い、OKしました。

もともと私は 国語としての英語は得意科目だったので、主人のアドバイスをもらいながら自分なりに授業を作ってみました。初めての授業は不安でしたが、続けていけそうだと確信しました。

あれから12年、私は今も英語講師の仕事を続けています。これからもずっと続けたい仕事です。仕事をしていると輝くことができます。

まだウツは完治っていませんが、この仕事に出会えたおかげでとてもよくなっています。私をゾンビ状態から救ってくれた謎の声、英検、主人、そして今の職場のみなさんに感謝。これからは恩返しをしながら、楽しく働いていきたいです。

そして、再来週の6月12日、私は再度英検一級を受験します。もう一度優良賞をもらい、それを額に入れ、生徒さんたちに見せたいと思います。(でもちょっぴり不安です。)


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