戦う片付けられない元うつ病の主婦。フリー翻訳家。息子たちは自閉症。夫は元中学教諭。
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
障害者?障がい者?
2011年08月20日 (土) | 編集 |
先日妹からのメールに「障がい者」という三文字がありました。妹は私に気を使ってくれてこういうふうに書いたのだろうと思いますが正直いって、私はそういう配慮は必要としません。

24年前に2歳だった長男が通っていた社会福祉事務所の看板に「精神薄弱児施設」というようなことが書いてありました。私は日本語が詳しくないので、精神薄弱児という言葉のニュアンスがよくわかっていませんでした。母子通園施設の文集に、その看板を見たときにショックだった、という利用者の母親による手記がありました。その時に精神薄弱という意味を知りました。数年後には「精神薄弱児」という言葉は使われなくなりました。不適切なネーミングだったので、それは良かったと思いました。

しかし最近よく見る「障がい者」という言葉はどうなんでしょう?

テレビや映画などで普通に障害者が登場するようになっていて、社会が徐々に障害者を受け入れている今、必要なのでしょうか?「障害児」という言葉を見て「害」に着目する人ってどれだけいるのでしょう?いるとしても、そんな頭の悪い人の事を気にする必要はあるのでしょうか?

私の息子たちは「知的障害者」という風に分類されることがあります。「知的」という言葉が含まれているので、この子達は知的な青年だと勘違いされてしまうのでしょうか。

「障がい者」と呼ばれようが、「障害者」と呼ばれようが、この子達が抱えているハンディキャップも、置かれている状況も、なにも変わりません。本人たちはその違いさえわかりません。

そんなどうでもいいことにこだわっている間にもっと子供に向きあったらどうなのでしょうか?そういう言葉で止まっている親は、障害自体を受け入れていないのかもしれません。障害児が抱える問題の中で小さな小さな事です。考えなければならないもっと大切なことは山ほどあります。

息子たちが通っていた学校の名前が「養護学校」から「特別支援学校」に変わりました。先生に学校はどう変わったのか聞いたら、変わったのは名前だけだと言いました。生徒たちにはなんの利点もありません。もしや「養護」という言葉に誰かが抵抗を持ったのでしょうか?その後「特別」という言葉が嫌だとクレームが来たら「普通支援学校」に変わることもあるのでしょうか。

学校の名前を変えるときにはそれなりにお金がかかると思います。学校で使われる学校名の入った封筒、書類、などいろいろと作り変えなければならないと思います。そういうことにお金を使うよりも、生徒が必要な教材を揃えて上げるほうが、本当の支援ができるのではないのでは?

なんだか、こんな呼び方にこだわることで本質から目をそらせているような気がしてなりません。

私は息子たちのことをこれからも「障害者」と呼びつづけるつもりです。

にほんブログ村 メンタルヘルスブログへ
にほんブログ村
関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。