戦う片付けられない元うつ病の主婦。フリー翻訳家。息子たちは自閉症。夫は元中学教諭。
初「出勤」
2011年09月07日 (水) | 編集 |
長男、初「出勤」の日
初「出勤」の朝

今月から長男は村内の自立支援施設に通い始めました。長男は26歳。養護学校を卒業してからずっと沖縄市の木工の会社に務めていました。

最初は木工中心の仕事でしたが、不況の影響もあり、しだいに会社ではいろいろな下請けをするようになりました。キツい仕事も増えてきました。工事現場の廃材の撤去など。

ここ2,3年長男は不機嫌になることが多くなりました。ちょっとのことで切れたりします。リモコンの電池がない、ふりかけがない、ちょっと注意された、夕飯ができていない、など些細なこと。腹が立つとわけがわからないことを言います。「~を殺す。」などと言ったり奇声を上げては、次男を不安にさせたりしました。

時限爆弾と暮らしている気分でした。

そこで私は別の用事で役場に行ったときに、福祉科の女性に相談しました。私は仕事のせいで息子が荒れているのか聞いてみると、その可能性はあるとのこと。私は次男が通っていた自立支援センターに通わせたいと言いました。(現在次男は同じ参加のカフェ・ベーカリーでパン職人の修行をしています。)

数日後、施設を利用するための手続きをして、やがて「受給者証」が届き、準備は整いました。

主人は会社をやめさせることに難色を示していました。養護学校を卒業して何もわからない長男に社長は仕事だけではなく、社会人としてのルールなども教えて下さいました。時々ご褒美にお寿司屋さんやカラオケに連れていってくださり、家族のように大切にしてくださいました。

しかし、長男にはきつい労働は無理でした。きつい仕事というのはたとえばお金に困って、本人が決めてやるならいいのですが、長男のようにとくにそういう事情がないものにはちょっと酷でした。「やりたくない」とも言えず、だんだんイライラがたまってきたのでしょう。

社長にやめるとご挨拶に行ったときには、とても残念がっておられました。本当に申し訳ない気持ちでした。社長は「本人が戻りたければ、いつでも受け入れる」とおっしゃいました。深々とお辞儀し、会社を後にしました。

8月一杯会社で働き、9月から自立支援施設に通いはじめした。本人には9月1日は休んで、2日から通ったらどうか、と行ったのですが、1日から行きたいと言いました。

今までは8時間労働でしたが、今は9時から4時までの6時間労働、というか、実習。エアコンの聞いた室内でパン販売用の紙袋を作る、そとて芋の皮むき、パン販売に出かけたり、不動産物件の掃除。通い始めてから5日目で色々なお仕事を体験しました。楽しい給食もあります。

家に帰ってくると、長男は鼻歌を歌っています。夢のようです。

私にとって嬉しいことがもう一つ。8年4ヶ月続いたお弁当作りから解放されたことです。ウツがひどい頃は毎日パニックでした。冷凍食品の割合が多かったのを覚えています。最近はパニックはなくなったものの、ストレスはまだありました。お弁当作りが終わっての一言「しんどかった」。無駄にまじめな性格なので、いわゆる「買い弁」をさせることに罪の意識を感じていました。これが最後のお弁当。左の2品は冷凍ですが、後は手作り。メインは長男の大好物のゴーヤチャンプルです。

もうしばらくしたら、朝のウォーキングをはじめようと思っています。これはずっとやりたかったのですが、お弁当作りがあったので出来ませんでした。

長男が家庭に平和が戻ってきています。これからはもっと自分のケアに目を向けることが出来ます。

そうそう、長男が自立支援施設に通い始めて、内の男性陣は全員村内で務めています。私だけが隣町で働いてますが家からそれほど遠くありません。家族みんなでが近いところにいるのは、なんだか嬉しいです。

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